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2012.01.26 Thursday

マスゴミの正体:恐怖と不安

インターネットの世界にはマスゴミという言葉が氾濫している。私は、この言葉を使う人が好きではない。

  マスゴミ.png
おやじギャグじゃなくてペイント (ごみに押しつぶされる土下座最高!)

いきなり、話は変わる。

       tokusyukioku01_gif_300px.jpg

“恐怖”(危険性の察知と反応)は昆虫や寄生虫を含めてすべての動物に共通するものだが、不確かなものに悩む“不安”は、予測能力に係るもので、特に人間に特有のものといっても良い。人間は、他の動物と異なり将来に自らを投影する。
Every animal (including insects and worms, as well as animals more like us) is born with the ability to detect and respond to certain kinds of danger, and to learn about things associated with danger. In short, the capacity to fear (in the sense of detecting and responding to danger) is pretty universal among animals. But anxiety ― an experience of uncertainty ― is a different matter. It depends on the ability to anticipate, a capacity that is also present in some other animals, but that is especially well developed in humans. We can project ourselves into the future like no other creature.
不安が不確実性によって起る以上、人間の不安は将来、存在する場所、さらには、物理的に不可能なことまでをも想像する能力によって増幅される。想像力は未経験のことや起る可能性がほとんどないシナリオにも思いをめぐらせることができる。
人間は、生活をより良くするか思いめぐらせ、この創造力を最大限に使う。しかし、往々にして非生産的な使い方をする。つまり、物事の結果に対して過度に悩みがちである。

While anxiety is defined by uncertainty, human anxiety is greatly amplified by our ability to imagine the future, and our place in it, even a future that is physically impossible. With imagination we can ruminate over that yet to be experienced, possibly impossible scenario. We use this creative capacity to great advantage when we envision how to make our lives better, but we can just as easily put it to work in less productive ways ― worrying excessively about the outcome of things.
The Brain and the Roots of Fear」(January 22, 2012)

話はまた変わる。

アメリカで火曜日(日本では昨日)、オバマ大統領が一般教書演説を行った。
画像に合わせてスクリプトが現れるNYTをご覧になったろうか?
President Obama’s 2012 State of the Union Address ― Full Transcript - Interactive Feature - NYTimes.com

全般的なことは日本の報道にもあるから触れないが、経済実績の第一番に挙げたのが、G.M.救済勝利宣言だ。

No, we will not go back to an economy weakened by outsourcing, bad debt, and phony financial profits. Tonight, I want to speak about how we move forward, and lay out a blueprint for an economy that’s built to last -– an economy built on American manufacturing, American energy, skills for American workers, and a renewal of American values.
Now, this blueprint begins with American manufacturing.
On the day I took office, our auto industry was on the verge of collapse. Some even said we should let it die. With a million jobs at stake, I refused to let that happen. In exchange for help, we demanded responsibility. We got workers and automakers to settle their differences. We got the industry to retool and restructure. Today, General Motors is back on top as the world’s number-one automaker.


政府保有(21%)の株式が53ドルで売れて投資全額を回収していたら馬の鼻息になったであろうが、そこまでいかずともとにかく勝利宣言である。

G.M.救済当時(2008年)の読売新聞の記事に、見方が甘いと“けちを付けた”。しかし、だからといってマスゴミとは言わない。
いくらインテリでも記者である。私のブログのように、“トヨタはやられる”などと書けない。書けば、「お前の一人よがりの勘だろう」と言われて、ちょんである。
しかし、もし書いて、NUMMIを閉鎖するな、ほらやられた、とシリーズにしたら、二年以上続いたヒット記事になったかもしれない。
その間に、どこかから圧力がきたかもしれない。
そうなったら面白かっただろうが、だからといって、やらなかった新聞をけなしてもしようがない。シリーズをやったら、記者も、認めた編集長も終わりまで不安でたまらない。間違っていたら(不確実)どうしようという心配するからだ。
トヨタのリコールでは、当時大臣だった前原氏が、トヨタを呼びつけて顧客を大事にしなければみたいなピント外れの小言を言った。石原都知事は、アメリカも誇りがあるからみたいなことを言った。前原氏よりははるかにましなコメントだ。そして、あの大前大先生のOp-Edだ。

マスコミがゴミなのではない。

誰がどれとは言わないが、想像力がまったくないか、立場を考えない無責任か、それとも折角の想像力を創造的にし得ない非生産的な使い方になっているかのいずれかということだ。

つまり、ゴミが詰まっているのだ。

  無題.png

マスゴミ呼ばわりする人も同じではないのか?

GM救済とトヨタ・リコール事件」を読んでいない人にはわからないことを書いた。

お互いゴミを溜めないように祈りましょう。

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